原発通信 323号2012/10/23発行
「11.11反原発1000000人大占拠」詳細はこちら その後の人生の道を選択させたものはなんなのか 先週10月19日付毎日新聞に宗教学者の島薗進さんのインタビュー記事が掲載されていました。毎日新聞が特集連載している特集ワイド「原発の呪縛 日本よ! この国はどこへ行こうとしているのか」。タイトルは、「倫理の目で『陰』を見よ」です(下記)。 福島第一原発事故後、マスコミに登場し、「大丈夫、大丈夫」と触れ回っていた連中や、原子力ムラの住人といわれる人たち、多くが東京大学出身で60歳代が多いです。そう、東大闘争がたたかわれた1960年代後半、1960年代半ばに東京大学に在学していた人たちです。医学部の研修医問題から始まった東大闘争ですが、その後の人生に大きな影響を与えたことは間違いないようです。
祖父、父とも医学博士の家に生まれた島薗さん、猛勉強の末、現役で東大に入学。島薗さんの祖父は東大医学部長を務めた人で、かつ水俣病の病因隠ぺいにかかわった経歴を持っているそうです。そこで「いのちを守る学問という姿勢が欠けているように見えた。もっと科学技術の陰を直視せよと学生だった自分は感じていた。その経験が今、原発問題を考える原点になっています」といいます。 そんな同時代を過ごした人たち。科学技術なり、学問なりに真摯に向き合おうとした人もいれば、カネと地位だとばかりに突進していく人。その分かれ道はなんだったのでしょうか。あげるまでもなく高木仁三郎さん、かたや班目春樹、田中知ら。人はそれぞれなどといってしまえばそれまでです。島薗さんらのように「いのちを守る学問」「人間を学ぶ」という姿勢をもったかどうかということなのかもしれません。 この一文を読んでいて、先日の浜矩子同志社大院教授の発言を思い出しました。「地球にリフレッシュしてもらう」、何と言う思いあがったもの言いなのでしょうか。島薗さんは言います。原発問題は、「経済優先か、自然をむさぼらない暮らし方を求めるか。より幸せな生活のあり方は何かという価値観を問うのも広い意味で倫理的な問い」であると。 ▶原子力規制委:4原発30キロ超も高線量 過酷事故試算 【東京電力福島第1原発と同様の事故が起きた場合、東電柏崎刈羽原発(新潟県)や関西電力大飯原発(福井県)など4原発では、半径30キロを超える地点でも事故後1週間の積算被ばく線量が100ミリシーベルトに達することが22日、原子力規制委員会の試算で分かった。 ほかの2原発は中部電力浜岡原発(静岡県)と東電福島第2原発。柏崎刈羽は約40キロにまで及ぶと予測している】 この100ミリシーベルトですが、先月(9月28日)に厚生労働省が、原発作業員などの放射線業務従事者に労災補償する際の被曝の目安を発表したときの数値です。つまり、原発で働く労働者と同じ線量を1週間で浴びてしまうということです。 【各国に放射線防護策を勧告している国際放射線防護委員会(ICRP)は広島・長崎の原爆被爆者の追跡調査に基づき、累積100ミリシーベルト以上の被ばくになると、白血病のような血液がんを除くがんの発症率は直線的に増加すると分析。100ミリシーベルトの被ばくで、がんで死亡する確率は0.5%上がるとしている。100ミリシーベルト未満での健康影響は不明だが、ICRPは、可能な限り被ばくを低く抑えるべきだとしている。 また、短時間に大量の放射線を浴びると、脱毛や出血などの急性障害をもたらし、死に至ることがある。茨城県東海村で発生したJCO臨界事故(99年)では、6~20シーベルトの被ばくをした作業員2人が死亡した】 ▶原発作業:がん労災、100ミリシーベルトが目安 厚労省 ▶福島第1原発事故 県内でも避難者向け甲状腺検査──来月から/山形 【東京電力福島第1原発事故による避難者向けの甲状腺検査が10月から県内の医療機関でも始まる。検査は事故当時18歳以下だった福島県民が対象】 ▶東京電力:青森・東通村にも7600万円「寄付金でない」 【東電は事故に伴うコスト削減策として今年5月策定の総合特別事業計画で「寄付金の廃止」を明記した。東電広報部は「震災前の約束に基づき、漁業振興への助成を一部支払った」と説明している】 昨日の本通信で報告した件(朝日新聞デジタル版)ですが、今日の毎日新聞によると、東京電力が【事故に伴うコスト削減策として今年5月策定の総合特別事業計画で「寄付金の廃止」を明記】したため、「助成金」と名称を変えたという話。何のことはない「寄付金」ということじゃ、いくらなんでも事故後、賠償問題も片付いていないのに、さすがにそれはまずいと思ったのか、「助成金」にしたというだけです。相変わらず、札束でひっぱだいていることには変わりありません。問題は「叩かれている」ほうが、叩かれていると自覚がないまま、「こりゃありがたい」とありがたがっている構造が問題なのです。 ▶被災地の科学:東日本大震災 藻類やしっくい使う除染法開発 【国内の河川や海に分布する約200種類の藻類を放射性でないセシウムを含む水槽で培養し、吸収率を測った。装置は、藻類の入った水中に、大型レンズ(1平方メートル)で集めた太陽光を光ファイバーで送り、光を吸収して増殖した藻類を回収する仕組みになっている。 その結果、淡水性の藻類の除去率が高い傾向にあり、真正眼点藻類(しんせいがんてんそうるい)が89・2%、アオウキクサが66%だった。ヨウ素やストロンチウムについても、シアノバクテリア類「イシクラゲ」は40%以上除去した】 ▶特集ワイド:原発の呪縛・日本よ! 宗教学者・島薗進さん 「不信感を取り払う力がもはや体制側にないということ。だから散発的に創意ある反応が生まれる。日本社会のあり方を変えていくことになるかなという気がしますね」と、官邸前で始まった抗議行動、デモに関して言います。 島薗進さんは「昨年6月、東大柏キャンパスの空間線量が毎時0.36~0.50マイクロシーベルトで低い数値とは言い切れないのに、本部が大学の掲示サイトで「健康になんら問題ない」と発表したことに反発。同僚3人と声明を出し、約70人の教員を動かし、本部に発表を取り下げさせた」そうです。 福島第一原発後の社会を島薗さん、70年代以降「ブーム」のようになっていった「精神世界」に関心が持たれ、傾倒していった時代とぴったりと重なるとも言います。 【合理主義的な官僚らエリートが支配する近代が終わり、20世紀後半、環境破壊や都市の貧困が目立つようになった。その時、カルト的な宗教や精神世界へ人びとが向かったのは「近代合理主義こそが善であるという信念が、広い層の人びとによって疑われるようになったから」だと】 【「いろいろな枠組みが崩れてきているのは確かです。自民党の支持基盤だったJAグループや宗教界が脱原発を打ち出し、かつての左右、体制・反体制と違うところで行動する組織、個人が増えている」】 【伝統を尊ぶがゆえに、科学技術で金もうけする社会に疑問を呈している保守的心情の人もいる。生活基盤が壊されることへの反発、『いのち対カネ』、どちらを取るかみたいな発想が行き渡っていますね」】 そして、本通信でも何度も書いていますが、今回の抗議行動などでは女性の姿が非常に目立ちます。そのことに関して島薗さんは言います。 【「…男女では女性に脱原発派が多い。54年のビキニ(環礁での米国の核実験)の時も反対者に女性が多かった。自然を力でねじ伏せ富をもぎとる側と、自然からの恵み、いのちの循環を尊ぶ側との価値観の違い。社会のとげとげしさが薄まったとすれば、女性的な柔らかさが目立ってきた面があるのかもしれません」】と言います。それは、先日、横浜国大名誉教授田中冨久子さんの「男女の違いと脳の関係」を紹介しましたが、まさに女性の脳の働きが作用しているのではないかとも思います。 【日本の原発事故に欧州諸国は即座に反応し、幾つかの国は脱原発を決めた。震災の時、たまたまイタリアにいた島薗さんは、敏感に反応したイタリア人が「大好きになった」という。「イタリア、スイス、オーストリア、ドイツ、ベルギー、スウェーデンなどキリスト教会の精神的影響力が強い国が脱原発の道を選んでいる。こうした国々はある種の精神性や価値観を尊んでいる点で共通性があり、もともとエコロジー感覚が強い。植民地主義で自然を支配し領土を広げてきた英米仏やロシアなどの核を持つ安保理常任理事国と、対する北中南欧の国々が違う方を向いている印象がある」】 それは、チェルノブイリ事故を経験したことが大きいのではないかといい、【「子供の甲状腺がんの軽視など、科学者の情報隠蔽(いんぺい)や政治のうそを目の当たりにしてきたからこそ、自分たちの倫理観で決める道を選んだ」】と。それに対して日本は、【「健康被害が決定的な形でまだ明らかになっていないのが、国全体の反応の鈍さにつながっている」】といいます。 そう、昨日の本通信で紹介した中川・東大病院准教授のように。 島薗さんは原発をどう見るのかは「倫理の問題が関わる」といいます。 【「人のいのちを脅かす可能性がある技術を経済的利益があるからと肯定したり、被害を軽く見ざるを得なくなるからです。現に、真実を隠しゆがめることに科学は関わってきた。どういう社会を望むかも倫理の問題と言えます。経済優先か、自然をむさぼらない暮らし方を求めるか。より幸せな生活のあり方は何かという価値観を問うのも広い意味で倫理的な問いですね」】 「自然をむさぼらない暮らし方を求める」ということと、「むさぼりすぎたから少しは地球にリフレッシュしてもらう」などという、これまた先日紹介した朝日新聞主催の環境フォーラムでの浜矩子同志社大大学院教授の論を比べてみてみると、倫理の目をもって社会を見つめているのかどうか、その違いが明白になってきます。かたや人としての生き方を問い、一方は経済活動のなかにしか人を見ることができない。原発問題はまさに人としてどう生きるのかというもっともラディカルな問いかけを、この自然界から問われているのだと思います。人があって自然があるのではなく、自然のなかでいかされている人間だということです。 島薗さんはツィッターなどで積極的に放射線被曝や生命倫理について発信しているそうです。 ところで、島薗さんの祖父は東大医学部長をも務めた人で、水俣病の病因隠ぺいにかかわった人。島薗さんが東大医学部の学生だったのは、医学部闘争が始まった年(1968年)で、東大闘争後、「医学に戻る気がせず」宗教学のほうに方向を変えたそうです。 ◇島薗 進(しまぞの・すすむ) 1948年東京都に生まれる。現在,東京大学大学院人文社会系研究科,文学部宗教学科教授。専攻は近代日本宗教史,宗教理論研究。著書『現代救済宗教論』(青弓社)『精神世界のゆくえ』(秋山書店)『現代宗教の可能性』(岩波書店)『時代のなかの新宗教』(弘文堂)『ポストモダンの新宗教』(東京堂出版)『〈癒す知〉の系譜』(吉川弘文館)『いのちの始まりの生命倫理』(春秋社)『スピリチュアリティの興隆―新霊性文化とその周辺』(岩波書店)『宗教学の名著30』(筑摩書房)ほか。 | ||